アニエス・ヴァルダ、「Interesting!」

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アニエス・ヴァルダ、「Interesting!」

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  1. 今だから観たい。
  2. 遺作から初監督作へ
  3. 代表的な2作品

今だから観たい。

 「Interesting!」なぜここで英語なのだ?と思うだろう。これは、1993年にPARCOの地上波CMで、グレイトフルデッドのジェリー・ガルシアが発した言葉だ。直訳すると「おもしろい」というだけになってしまいそうなこの言葉を「楽しむことだ」という優れたキャッチコピーへと昇華させたのは糸井重里氏だが、興味を持つ― それを楽しむ― だから“おもしろい”。という「Interesting!」の発想は、今もっとも必要なことなのかもしれない。

 ザ・シネマメンバーズが今回お届けするのは、アニエス・ヴァルダ。写真家としてキャリアをスタートさせ、アラン・レネ達の協力を得て撮った長編一作目「ラ・ポワント・クールト」、遺作の「アニエスによるヴァルダ」、そしてドキュメンタリー作家としての代表作「ダゲール街の人々」「落穂拾い」を含めた4作は、ニューノーマルな暮らしの今こそ観ておきたい。街中で続いていくそれぞれの生活、人々への好奇心、そこから飛躍していくイメージ。アニエス・ヴァルダの作品にはそんな初期衝動があふれている。

 「5時から7時までのクレオ」「幸福」といった作品の宣伝物の、一見洒落たルック(実は重いテーマにもかかわらず)によって、なんとなくアニエス・ヴァルダの作品のイメージを持っている方も多いかもしれないが、彼女の真骨頂はドキュメンタリーにあると思う。暮らしの中で見つけたこと、興味をひかれたこと、思い出したこと―。そんなささやかな断片が、アニエス・ヴァルダの手にかかると、途端に輝き出す。人物やストリートスナップの写真集にも通ずる、“見えているものの背景にあるストーリー”を思い浮かべる楽しみがある。アウグスト・ザンダーやジョエル・マイロウィッツといった写真家が好きな方は、アニエス・ヴァルダの作品もきっと好きに違いない。

遺作から初監督作へ

 遺作となった「アニエスによるヴァルダ」は、彼女の作品=人生を自身の言葉で振り返っていきながら、創作への尽きることのない情熱と人への好奇心が綴られる。本作をまず観ることによって、アニエス・ヴァルダのガイドブックが手に入るようなものなので、初めての方はもちろん、ヴァルダ好きの方も、ここから観ていくことで新たな発見があるかもしれない。ザ・シネマメンバーズでは、制作順ではなくこの作品から配信開始となる。そこから初監督作の「ラ・ポワント・クールト」へと鑑賞を進めていくと、アートフォームとしての映画といった趣の強いこの一作目も抵抗なく入っていけるだろう。

「ラ・ポワント・クールト」

 「ラ・ポワント・クールト」では、漁村の生活、人々を映し出すドキュメンタリー的な部分と、倦怠期の夫婦を舞台演出のように描く部分が交互に進んでゆきながらもこの2つの要素は交わることなく映画は終わっていく。芸術表現としての画面構成を強く意識したような絵作りと意図的に抑揚を抑えた演出。それと対照的に、漁村の生活は生き生きとしたリアリズムを感じる。アニエス・ヴァルダの個性の両極がまさにここにある。第一作目にその作家のすべてが詰め込まれている。とは、小説などでもよく言われることだが、「ラ・ポワント・クールト」においても同じことが言えるのだろう。

 アニエス・ヴァルダは、根っこの部分がシネフィルというよりはアートスクールっぽいというか、「映画」ということに重きを置いていないのかもしれない。むしろ「アート」としての自分のメインの手法が映像であるというように、複数のパネルで映像を見せるインスタレーションや、フィルムそれ自体を使った作品など、展示物それ自体まで含めて作品=映画とする表現活動も精力的に行っている。

代表的な2作品

 ドキュメンタリー映画に関しては、なにをもってドキュメンタリーとするのか、色々な議論があるだろう。事実、様々なかたちがある。主張がまずあって、それを立証していくようなタイプ。ある事実に関してアプローチしていくタイプ。記録や記憶といった形で残すことが動機となっているタイプ。アニエス・ヴァルダの撮るドキュメンタリー映画は、そのどれとも異なるように見える。あくまでそこにあるのは、創作することへの純粋な衝動と尽きることのない好奇心だ。暮らしという毛糸で編み物を編むように出来上がった作品には、ユーモアと人への愛情があふれている。

「ダゲール街の人々」

 人々は語る。生活のこと、思い出したこと、見た夢のこと。「ダゲール街の人々」では、そこで生きる人々への好奇心をスケッチするように撮っていく。断片に過ぎないはずのそれらの映像、その向こう側に、それぞれのストーリーがあるように思いを馳せる。そうして見ていると、それぞれの映像は、映画を形成している情景の数々のように思えてこないだろうか。主人公たちやストーリー以外のものが映っている映画-。楽曲のインストゥルメンタルバージョンのように。
 エッセイのようにつづられた作品もある。「落穂拾い」は、着想を得たことから始まって、どんどん興味の連鎖をしていく。飽食の時代にも落穂拾いはある―。そう語られるが、現代社会への警鐘というよりはむしろそこにある人々の姿、行動、それ自体への好奇心でイメージは連なっていく。主義主張のために奉仕する映像を撮ったり、編集をしたりするようなことはしない。ナレーションに加えて、時にラップまで披露しながら語っていくアニエス・ヴァルダは、思いつきを無邪気に形にしていくことで、創作することを本当に楽しんでいるのだと実感する。

「落穂拾い」

 例えば、エリック・ロメールの「緑の光線」や「木と市長と文化会館」などは、市井の人々へのインタビューを物語に取り入れていたが、ドキュメンタリーではなく、ドラマとしての生っぽさを意図しているように見えるのに対し、アニエス・ヴァルダはその市井の人々への興味が先に立っているのだ。「それを撮りたい。」という創作の衝動。その意味では、写真家であったことが彼女のキャリア全体に大きく影響を及ぼしているのだろう。

 そして、アニエス・ヴァルダのドキュメンタリーを観るとき、見えているものの向こう側にあるストーリーを意識してしまう。ストーリーとは何か?という、かつてヴィム・ヴェンダースが直面していたこのテーマは、もしかしたら、アニエス・ヴァルダのドキュメンタリー作品のなかにも、理解のヒントがあるのかもしれない。

観るにはこちら>>



『アニエスによるヴァルダ』
© 2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films
『ラ・ポワント・クールト』
© 1954 succession varda
『ダゲール街の人々』
© 1975 ciné-tamaris
『落穂拾い』
© 2000 ciné-tamaris

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