「悪魔のいけにえ」をヌーベルヴァーグの文脈で?!

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「悪魔のいけにえ」をヌーベルヴァーグの文脈で?!

目次[非表示]

  1. 『悪魔のいけにえ』はクラシック!?
  2. ヌーベルヴァーグ作品のように
  3. 映画の「本当らしさ」は、さまざま
  4. クラシックスとは

『悪魔のいけにえ』はクラシック!?

 「なぜこんなホラー作品を??…」と思うかもしれませんが、『悪魔のいけにえ』は、その表現の芸術性の高さから、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にフィルムが所蔵されている、クラシック映画なのです。

悪魔のいけにえ

ヌーベルヴァーグ作品のように

 通常、ホラーというジャンルムービーの中で紹介される本作。ところが実際に観てみると、カメラの構図や色彩、1シーン1シーンの持っている映像の強度に新鮮な驚きを感じます。

 その映像には独特のリアルさとトーンがあり、もし、南フランスの日差しがテキサスの灼熱に、刹那的な気分が張りつめた緊張感と恐怖に置き換わったとしたら、ある意味“ヌーベルヴァーグの文脈にある作品”を観るように鑑賞してもいいのではないだろうか?そんな思いから、ジャン・ルノワール 『ピクニック』、クリス・マルケル『ラ・ジュテ』とともに、“映画におけるリアリズム とは?”と題して並べているラインナップとなっています。

 「ロケ主体で、BGMを極力抑えた、自由でドキュメンタリー的な生っぽさ。」この、エリック・ロメールやホン・サンス、ダルデンヌ兄弟の作風を紹介する際にも使われてきた表現が、『悪魔のいけにえ』にもそのまま当てはまると言えるでしょう。

 本当にアメリカの片田舎で起きていることを見ているかのような、何か取り返しのつかないことは既に起こっており、それを見ることから逃げられない。そんな気分にさせられるのです。

 無駄にカットを割らず、引いた視点から撮られた、あの恐ろしいシーンは、「映画」としての凄まじい力を持っており、「映画」でしかできない表現なのだと思います。

悪魔のいけにえ

映画の「本当らしさ」は、さまざま

 今、見ているものが「映画」であり、「現実ではない」とわかった上で感じる「本当らしさ」ってなんだろう? 様々な難しい言葉で語られ、書かれてきた「リアリズムとは何か」という問いは、つまりは「本当らしさ」へのアプローチのこと。

 そうした視点で観るとき、『悪魔のいけにえ』は、ジャンルムービーではなく、むしろ、「世界中の映画のなかで最も残酷で最も美しい瞬間のひとつ(アンドレ・バザン)」と評された『ピクニック』のラブシーン、全編が静止したモノクロ写真によって構成されているSF映画『ラ・ジュテ』と並列で鑑賞されて良いと思うのです。これら3作品の、非常に異なる「本当らしさ」へのアプローチを楽しもうというのが、今回のプレゼンテーションです。

ピクニック

クラシックスとは

 あらゆる映画にアクセス可能になっている現在、それをどんな文脈で捉えて、観るのか。かつて音楽において、過去の膨大なアーカイヴから独自の解釈や視点でピックアップされたレコードがレアグルーヴ、◯◯クラシックスと呼ばれたように、配信系ミニシアターとしてのザ・シネマメンバーズの独自のクラシックスとは何か。そんなことを考え続けています。

ラ・ジュテ





「悪魔のいけにえ」©MCMLXXIV BY VORTEX, INC.
「ラ・ジュテ」©1962 ARGOS FILM

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