パサージュ #4 魔女は幸せを願う──カール・テオドア・ドライヤー『怒りの日』

FEATURES 青野賢一
パサージュ #4 魔女は幸せを願う──カール・テオドア・ドライヤー『怒りの日』

目次[非表示]

  1. 魔女だと告発された老女
  2. 親密になってゆくアンネとマーチンがぶつかる壁
  3. 『怒りの日』制作時の時代背景
  4. アンネを幸せにするのは誰か
  5. 女性が幸せを手にすることの難しさ
 ジャン=リュック・ゴダールの『女と男のいる舗道』(1962)のなかでアンナ・カリーナ扮するナナが映画館で涙を流す印象的なシーン。ナナが映画館で観ていたのはデンマークの映画監督、カール・テオドア・ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』(1928)である。この『女と男のいる舗道』を通じてドライヤーの存在を知ったという方は少なくないだろう。
 カール・テオドア・ドライヤーは1889年コペンハーゲン生まれ。デンマーク人の父とスウェーデン人の母が実の両親だが、父親が認知しなかったため私生児となり、1890年にはデンマークのドライヤー家に養子に出されることとなる。学校卒業後、ドライヤー家を出て通信電話会社に就職したが、しばらくののちジャーナリストとして演劇評を地方紙に匿名で寄稿するようになった。いくつかの新聞社で働くなかで、ドライヤーが書いた映画評が大手映画会社の目にとまり、映画脚本に携わることに。監督デビュー作は1919年の『裁判長』。3作目以降しばらくはデンマークを離れスウェーデン、ドイツ、フランスで映画製作を行った。先の『裁かるゝジャンヌ』もフランス製作の作品である。1955年の『奇跡』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(1955年)とゴールデングローブ賞最優秀外国映画賞(1956年)を、『ゲアトルーズ』(1964)ではヴェネツィア国際映画祭国際映画批評家連盟賞(1965年)をそれぞれ受賞。1968年にその生涯を終えている。
 作品に対して最適と考えるアプローチをとることから、ドライヤーの作品にシグネチャー的な表現上の特徴を見出すことはなかなかに難しいのだが、「抑圧された女性」「キリスト教信仰」といったモチーフは比較的頻繁に用いられているといえる。たとえば『怒りの日』(1943)で描かれるのは魔女狩りを背景とする女性の物語である。

魔女だと告発された老女

 舞台は中世のノルウェーの村。ある老女が魔女である嫌疑──嫌疑ではなく確定なのだが──をかけられる。捜索の手が迫っていることを知った老女は家から逃亡する。一方、初老の牧師アプサロン(トーキル・ローセ)と彼の母、そしてアプサロンの若き後妻であるアンネ(リスベト・モーヴィン)が暮らす家に、前妻とのあいだの息子マーチン(プレベン・レルドルフ・ライ)が神学の勉強を終えて帰ってくることに。そんな一家の住まいに先の老女が入ってくる。老女はアンネとは顔見知りのようで、彼女に助けを乞う。「アンネ 助けておくれ 隠しておくれ」「お前の母親を助けただろ 魔女とされた時に」。アンネは驚いて「お母さん? まさか」と返すが、老女はこういった。「本当さ 助かったのはお前が娘だったから」。アンネはひとまず老女を屋根裏部屋に向かわせるがほどなくして老女は捕まってしまう。
 老女はアプサロンに「アンネの母親にしたように」助けてくれ、と詰め寄る。「あれが魔女だと知ってただろう」。どうやらアンネの母を見逃してやったのはアプサロンで、その理由はアンネをものにしたかったからのようだ。そのことを他人に知られては困るアプサロンは、是が非でも老女を魔女として処刑せねばならない。哀れ老女は拷問の末に魔女だと自白させられ、火炙りである。執拗な拷問と尋問、その末に訪れる火刑は『裁かるゝジャンヌ』でもこれでもかというほど描かれているが──というより『裁かるゝジャンヌ』は裁判記録に準じているのでほぼ尋問と、人間が炭化するまで焼かれる火刑の様子だ──、本作でも火刑のシークエンスは強烈なインパクトを与えるものである。グレゴリオ聖歌《怒りの日》* が子どもの聖歌隊によって清らかに歌われるなか、木にくくられたまま燃えさかる炎に包まれる老女=魔女!

「怒りの日」© Danish Film Institute

親密になってゆくアンネとマーチンがぶつかる壁

 この一件以来、アプサロンは神へ嘘をついたという罪の意識に苛まれるようになる。嘘とはアンネの母親を魔女ではないと見逃したこと。そんな姿を目にしたアプサロンの母親はそれを察し、「アンネの目を見たことがあるかい? あの燃えるような目を」「彼女の母親を思い出すよ 同じ目をしていた」とアプサロンにいう。母親はすっかりお見通しなのだ。思い悩んだアプサロンはアンネに彼女の母のことを話す。曰く、アンネの母は死者をも呼び出すことができ、誰かの死を願うとそれが現実のものとなったのだそうだ。それを聞いたアンネは冷淡そうな目つきでアプサロンに問うた。「私のために母を助けたって本当?」こうしたやりとりに続けて、この夫婦のあいだに奇妙な断絶──心情的にも性的にも––––があることが明らかになってゆく。その一方でアンネとマーチンは急速に距離を縮めてゆくのだった。
 あるとき、アンネとマーチンはふたりで近くの小川に赴く。そこでマーチンから旅に出るのでしばらく別れようと切り出される。自分の父の妻であり自分の継母であるアンネとの関係は当然ながら禁忌であり罪であるわけで、アプサロン同様敬虔なキリスト教信者であるマーチンはアンネへの思いとキリスト教徒であることに自我を引き裂かれてゆく。この時代のノルウェー(作中、いくつか西暦が明らかになる箇所があり、それによれば17世紀)は宗教改革後でルーテル派が大多数を占めており、離婚については寛容なものの(アプサロンは前妻とは死別なので一般にいう離婚とは異なる)、アプサロンとアンネとマーチンの関係では離婚への寛容さはまるで意味をなさない。つまり現状だと八方塞がりというわけである。この状況を打破するにはひとつしかないのはおわかりだろう。

「怒りの日」© Danish Film Institute

『怒りの日』制作時の時代背景

 この作品は1943年にデンマークで製作されたものであるが、当時のデンマークはナチス・ドイツの占領下にあった。1940年4月9日にドイツ軍がデンマークを急襲した際、デンマークは即日降伏を選ぶ。これは条件付きの降伏で、政府はそのまま存続しドイツはそれに干渉しないことなどが盛り込まれていた。自治権を有したままドイツの占領が続くなかで次第にドイツの締めつけが厳しくなっていった1943年には国民はストライキなどで抵抗し、ドイツはデンマーク政府に抵抗活動の鎮圧を要求するが、政府はそれを受け入れず総辞職。ドイツが政権を引きついだのちも在デンマークのユダヤ人をスウェーデンに亡命させ(スウェーデン政府の支援ももちろんあった)、多くのユダヤ人がホロコーストを逃れることができた。こうした国をあげての抵抗活動の精神的支柱、象徴となっていたのがデンマーク国王クリスチャン10世であったのはよく知られているだろう。そうした時代にあって、本作のモチーフである魔女狩りにナチス・ドイツを重ねるという意図がドライヤーにあったかどうかは定かではないが──そもそも本作は原作となる戯曲があるのでその線は薄いだろう──、その頃のデンマークのムードが多少なりとも影響を与えていてもおかしくないようには思われる。

アンネを幸せにするのは誰か

 陰影際立つ画面から滲みでてくる、えもいわれぬ緊張感は時代のムードと通底しているのかもしれないが、本作でもっとも目をひくのはアンネが繰り返す「幸せになりたい」という思いではないだろうか。アンネは自分の母親が魔女であった(がアプサロンの計らいによって告発されずに済んだ)ことを物語の途中までは認識していなかった。それが、魔女裁判にかけられ処刑されてしまう老女の出現によりアンネの知るところとなる。以後、アプサロンに対するアンネの態度は明らかにそっけなく、また雑なものへと変わり、これとは逆にマーチンへの接し方は親密なものになってゆくのだが、ここには先の「幸せになりたい」という願望が大きく関係しているといえる。では、アンネが考える「幸せ」とはいったいどのようなことだろうかといえば、愛されて結ばれ、子どもを授かり母となって、愛情をたっぷり注ぎ込んで自分の子どもを夫婦で育てる、というところ。アプサロンとの関係は、お互いに愛していたわけではなかったようだし──アプサロンはアンネのことを可愛がってはいたけれども──、ふたりのあいだには子どもも望めない。よってアプサロンはアンネを幸せにしてくれることはないのである。そういった意識でアプサロンと接していた(外見上はそうとは悟られないようにとりつくろっていた)アンネの前にマーチンが現れたことで、マーチンなら自分を幸せにしてくれるのではと期待を寄せるのだったが──。

「怒りの日」© Danish Film Institute

女性が幸せを手にすることの難しさ

 このような観点から眺めると、『怒りの日』にはひとりの女性の悲しい物語という性格が浮かび上がってくる。ごく普通の「幸せ」を手に入れたかっただけのアンネは、自分の母が魔女だったことを知り、その不思議な力が自分にもあるのではないかと考えただろう。そして自らの幸せのためにあることを願った。ここではアンネが母の血をひく魔女であるのかどうかはさして重要ではない。慎ましやかな幸せを実現するのにこれほどまでに困難がともなうということ、つまり女性にとっての生きづらさが本作によって明らかにされているのである。このことは、ドライヤーの実母の生涯とも少なからず関係しているだろう。父親が認知せず、私生児となったドライヤーが養子に出されたのはすでに述べたが、ドライヤーを手放したあとの母親はスウェーデンに戻り、別の男性との子どもを妊娠してしまう。このときも結婚とはならず、ドライヤーの実母は中絶のために硫黄を用いてその中毒で命を落としてしまうのだった。『怒りの日』のアンネの幸せを希求するさまは、こうした不遇な実母の人生と重なるとはいわないまでも、男性中心社会で抑圧されてきた女性という意味では同様の事柄と考えてよさそうである(その点では、1955年の『奇跡』における長男の妻──ポジティブでさりげなく信仰に篤い人物だ──の描かれ方にも注目されたい)。
 それにしても、物語が進むにつれてアンネの目や表情に宿る情念は凄まじく、観ているこちらはそこから目を離すことができない。ラストの激しい独白が切なく響く。
* グレゴリオ聖歌《怒りの日》は13世紀後半に成立したとされるミサ曲。死者のための曲である。この旋律はベルリオーズの《幻想交響曲》(1830)の第5楽章「サバトの夜の夢」に引用されている。スタンリー・キューブリックの『シャイニング』(1980)のオープニングでも同じ旋律を聴くことができるが、こちらはシンセサイザー奏者、作編曲家のウェンディ・カルロスが編曲した楽曲。

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この記事のライター

青野賢一
青野賢一
1968年東京生まれ。株式会社ビームスにてプレス、クリエイティブディレクターや音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は映画、音楽、ファッション、文学などを横断的に論ずるライターとしてさまざまな媒体に寄稿している。また、DJ、選曲家としても30年を超えるキャリアを持つ。

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