パサージュ #6 アリス的迷宮とマンドラゴラの世界──ジャック・リヴェット『セリーヌとジュリーは舟でゆく』

FEATURES 青野賢一
パサージュ #6 アリス的迷宮とマンドラゴラの世界──ジャック・リヴェット『セリーヌとジュリーは舟でゆく』

目次[非表示]

  1. 「魔術」が強調される冒頭部分
  2. 記憶の不思議な合致とアリス的モチーフ
  3. マンドラゴラの効用
  4. キャンディが呼び起こす屋敷での出来事
  5. 繰り返し観ることで作品に近づく
 戦後のフランス映画、とりわけヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督、ジャック・リヴェット。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』は、彼の1974年の作品だ。タイトルバックには軽快なピアノの伴奏による短いシャンソンが添えられ、それが終わるとこう提示される。「たいていの場合 物語はこんな風に始まった」。これから物語が始まろうというときに「始まった」という過去形があてられていることに疑問を抱く方もおられるかもしれないが、ここではひとまずその違和感を記憶にとどめておく程度でいいだろう。

「魔術」が強調される冒頭部分

  「こんな風に」というのはどんな風か。公園のベンチに腰かけ、サンダルのヒールで地面に図形のようなものを書く女性。手には一冊の分厚い本。その表紙には“MAGIE”(魔法)と書かれている。どうやら本に載っている図形を足で模写したようだ。この女性はジュリー(ドミニク・ラブリエ)といい、図書館で働いている。その彼女の前をひとりの女性がふらふらと通りすがったと思ったら、バッグからサングラスをポロリと落とした。ジュリーは声をかけるが、それが聞こえないのか公園の出口へと進む落し主。この女性がセリーヌ(ジュリエット・ベルト)である。サングラスを拾い上げたジュリーはセリーヌを追いかけるのだが、セリーヌはジュリーを巻こうとしているかのようにパリの街を走る、走る。面白いのは、ジュリーがセリーヌに追いつく距離まで近寄っても声をかけないところ。やがてセリーヌは安ホテルに入り宿泊カードに「セリーヌ・サンドラル 魔術師」と記す。一方のジュリーはホテルに入ったセリーヌを見届けると、踵をかえしてその場から立ち去ってしまう。追いかけっこは翌日に持ち越しだ。

記憶の不思議な合致とアリス的モチーフ

 翌朝、カフェにいるセリーヌを見つけたジュリーは落し物を返し、職場である図書館へ。仕事仲間とタロットをすると、ジュリーに出たカードは「過去が“逆さ吊り”」。それを見た仕事仲間は「不可能なことに入り込むわ」「夜のように重苦しいこと」と呟く。これからのセリーヌとジュリーの物語を暗示させるタロット占いである。この図書館のシークエンスには、タロット以外にも重要なモチーフがいくつか散りばめられているので細部まで注意して観ておきたい。
 そうこうしてジュリーが仕事から帰ると、アパルトマンの自室の前に足を擦りむいたセリーヌが座っていた。ジュリーはセリーヌを招き入れ手当てを施すが、その最中に怪我の理由をセリーヌの口から聞くことに。「ある家に雇われてたの」と語るセリーヌ。その家で奇妙なものを見つけたセリーヌはさらに探そうと戸棚や引き出しを開けようとするも鍵がかけられてしまっていた。それをこじ開けようとしていたら雇い主と女性がやってきて、セリーヌは思わずその家から逃げ出してしまったという。怪我は逃亡中に転んでできたものだった。セリーヌは7、8歳くらいの女の子の子守役として雇われていたのだが、ジュリーはなぜかその家のいろいろをセリーヌが話す前に言い当てる。自分でもそれがどうにも不思議なようだった。件の家の住所を聞いたジュリーは、翌日に仕事を休んでそこを訪れることに。こうしてセリーヌとジュリー、そしてセリーヌが雇われていたという家とそこに住まう人々を交えた不思議な体験へと物語は突入してゆくのだった。
 このあたりまでが本作の導入部分なのだが、セリーヌとジュリー以外に画面によく登場する生き物がいることに気づく人も多いかもしれない。それは猫。この映画の下敷きとなっているのは『不思議の国のアリス』で、アリスのチェシャ猫よろしくちょくちょく物語に登場するのである(チェシャ猫のようにニヤニヤ笑ったり言葉を話したり顔だけになったりはしないが)。それから、鏡がさりげなく随所に差し込まれているのもアリス(『鏡の国のアリス』)からだろう。そして魔術に関連するあれこれも頻出する。

マンドラゴラの効用

「セリーヌとジュリーは舟でゆく」©︎1974 Les Films du losange

 さて、アリス的な世界が本格化する前に少し横道にそれると、物語の前半、セリーヌが酒場の舞台でピアノの伴奏に合わせて奇術を披露するのを仕事にしていることが明かされる。映画の序盤、ホテルの宿帳に「魔術師」と書いてはいるものの、彼女がやっているのは実際はタネも仕掛けもあるマジックなのである。セリーヌは舞台上では「マンドラゴラ」と呼ばれているのだが、マンドラゴラとは古代より魔術的な力を持つといわれる植物。原産はペルシャから小アジアとされており、地中海地方にも早い時期に伝わったという。マンドラゴラという名はペルシャ語で「愛の野草」の意。よっておもに性愛にまつわる魔術に用いられるが、それだけでなく麻酔や催眠剤、それから麻薬としても活用されたそうである。人間のような形をなすことがあるその根を引き抜くときには大変な危険が伴うと伝えられており、「野生のマンドラゴラを根ごと手づかみにしようものなら即死は間違いなく、軽く触れるだけでも死の危険がある」うえ、「マンドラゴラの根は土から抜けるときに恐ろしい叫び声を発して、それを聞いたものは立ち所に死んでしまう」(いずれも種村季弘著、青土社刊『怪物の解剖学』所収「マンドラゴラの旅」)。このように、マンドラゴラとは実に危険で同時に魅力的な存在であるわけだが、先に引いた「マンドラゴラの旅」では、「マンドラゴラはキリスト教以前の空間の王族の貴種流離縁起を物語る魔術的植物なのだ。ここまでくれば、マンドラゴラの精力増進や金銭利殖という現世的効用は、むしろ本来の効用の世俗的比喩にすぎなくて、本来の用途とは、まさに失われた王国を喚び戻す聖なる回想作用にほかならないことが分明になろう」というように、マンドラゴラをキリスト教出現によって生地を出て流浪の民となったエジプト人の象徴という側面から捉えていて興味深い。ここで着目したいのは「回想装置」という部分で、実際、映画のなかではマンドラゴラたるセリーヌが舞台でマジックを行うのを客席から見ていたジュリーの脳裏には、その日に訪れた、セリーヌが子守役として雇われていた屋敷で見た光景──ジュリーはそのほとんどを屋敷を出た途端に忘れてしまっていた──が断片的にフラッシュバックする。これをマンドラゴラの効用といわずしてなんといおう。

キャンディが呼び起こす屋敷での出来事

 話がやや前後して恐縮だが、ジュリーが例の屋敷に到着して呼び鈴を鳴らすと、誰が迎えに出てきたわけでもなく扉がスッと開く。そこに吸い込まれるように入ってゆくジュリーがしばらくののちに屋敷から退出するときにはふらふらの状態。まるで「耳なし芳一」で芳一が夜な夜な墓場で平家の亡霊に壇ノ浦の戦いのくだりを聞かせ、朝になって寺へ帰ってきたときのようである。そんな状態で屋敷のそばに停車していたタクシーに乗り込んだジュリーは、口中にキャンディが入っていることに気づき、それを出してバッグにしまった。
 その後、セリーヌと合流してマンドラゴラとなった彼女のステージを見るジュリーの脳裏に無意識下で屋敷の出来事のイメージの断片が浮かぶのは先に述べたが、セリーヌとともに帰宅してから、屋敷の様子を思い出そうとしてもジュリーはまるで覚えていない。タクシーに乗ったところからもう一回やってみれば、というセリーヌの助言に従い、ジュリーはキャンディの存在を思い出し、それをかじってみたところ、屋敷で彼女が見聞きしたことが完璧ではないがいくらか思い出されたのだった。そのイメージのなかで、屋敷の住人は男ひとり、女性がふたり、そして7、8歳くらいの女の子の4人。ジュリーはそこで子守り係兼家政婦のようなことをしている。このように部分的に思い出した屋敷でのあれこれをセリーヌに話すジュリーはこういう。「登場人物に──何となく見覚えがあって親しみを感じるの」「昔の思い出…すごい遠い昔よ 旅で会ったわけじゃないわ」。

「セリーヌとジュリーは舟でゆく」©︎1974 Les Films du losange

繰り返し観ることで作品に近づく

 なぜジュリーがそんな風に感じたのかは物語が進むにつれて明らかになるのでここでは伏せておくことにするが、その屋敷で繰り広げられていたのは『火曜サスペンス劇場』顔負けの愛憎劇。それにジュリーもセリーヌも期せずして入り込んでゆくことになる。屋敷を出たあとに口に残っているキャンディを改めて舐めると思い出すことができる不完全かつ同じイメージの繰り返しのなか、少しずつことの真相に近づいていったふたりは、やがて自らの意思で屋敷での出来事に介入するようになるのだった。
 迷宮のような3時間超の作品である。この迷宮は、一度観ただけだと釈然としないところがあるだろう。本作に近づくには、何度も展開される屋敷での同じ出来事を繰り返しセリーヌとジュリーが見るように、繰り返し鑑賞するのみ。何度か観るうちに、伏線いっぱいのディテールや、なぜ映画の始まりが「物語はこんな風に始まった」と過去形なのかが理解できるはずである(映画最初のタイトルに続けて提示される英語の副題のようなものも)。映画の内容にはそうして触れてもらえればと思うが、作中の1970年代中盤らしさたっぷりのファッションも見どころのひとつ。セリーヌとジュリーのいい具合に適当なノンシャランとした着こなしも楽しい。

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この記事のライター

青野賢一
青野賢一
1968年東京生まれ。株式会社ビームスにてプレス、クリエイティブディレクターや音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は映画、音楽、ファッション、文学などを横断的に論ずるライターとしてさまざまな媒体に寄稿している。また、DJ、選曲家としても30年を超えるキャリアを持つ。

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