恋愛映画の名手、エリック・ロメールが仕掛ける“偶然”とは―

LETTERS STAFF: E
恋愛映画の名手、エリック・ロメールが仕掛ける“偶然”とは―

目次[非表示]

  1. 『木と市長と文化会館』
  2. 『飛行士の妻』
  3. 『美しき結婚』
  4. 『海辺のポーリーヌ』
  5. 『満月の夜』
  6. 『緑の光線』
  7. 『友だちの恋人』
  8. 『レネットとミラベル/四つの冒険』
  9. 『パリのランデブー』
 男女の恋愛を軽やかなタッチで描く名手として知られるエリック・ロメール。彼の作品では多くの場合、周到に用意される“偶然”が作品にスパイスを効かせている。今回お届けするのは、喜劇と格言劇シリーズの6作品とそれに続く3作品。

 その中でとりわけ、この“偶然”に関して、理解の助けとなる重要な作品が『木と市長と文化会館』だ。なので、今回のイントロダクションとしては、まず本作を紹介してから、それぞれの作品について書いていくことにしよう。

『木と市長と文化会館』

 この映画は、恋愛映画ではなく政治談議が続くので、もしかしたら、とりあえず「観た事実」だけを手に入れて、作品を楽しまない人が多いかもしれない。ところがこの作品は、ロメールの映画における“偶然”と“喜劇”の考え方の核となっているものが何なのかを理解するためには、非常に重要な作品だと思う。
 映画は、小学校の国語の授業風景から始まる。教師が“条件従属節”について教える。一瞬、「うわ、のっけから難しいこと言ってる…」と思うかもしれないが心配無用。「自転車に乗るとき、晴れていた方が気持ちいいよね?」、「晴れが自転車に乗ることの必要条件なら何て言う?」、「自転車に乗ろう―(あとは?)」、「晴れる条件で」、「でも少し複雑だね。」、「もっと簡単に」、「“もし”晴れていたら、自転車に乗ろう。」この一連のやりとりが本作のキーとなる。
この映画は、「もし、〇〇していなかったなら―」という形で章立てされているが、描かれる物語は、その逆。「“偶然”、〇〇したから」を7章のエピソードで描いていく。

1: 社会党の支持率が下がり
2: 市長ジュリアンが小説家ベレニスと恋に落ち
3: 草原の柳が長い歳月を乗り越えて存在し
4: 政治誌の記者ブランディーヌに留守電メッセージが入らず
5: ブランディーヌが取材した記事が彼女の不在中に編集され
6: 市長の娘が小学校教師の娘と出会い
7: 役人が珍しくちゃんと仕事をし…

そして訪れる結末。
 劇中のラジオからの声が、この映画の本質を語っている。
「歴史における偶然性とは、政治、経済、社会という多様なレベルに現れる、一連の必要性から生まれた思いもかけぬ出会いです。予想のしない必要性が交差しあうことから、ある事象が起こる。偶然性の概念により事象と名付けるわけです。」これがまさに、ロメールが映画に持ち込んでくる“偶然”だ。それをこの作品では明確に7つの偶然として章立てして描くことで、プロパガンタ映画になることなく、喜劇として成立させている。
 そのほかの恋愛映画においても基本的にはこれと同じことをロメールはしているのだ。「予想しない必要性が交差し、思いがけない出会いや出来事になる。」この『木と市長と文化会館』を観た後で、ロメールの他の作品をもう一度観るとそのことを明確に感じるだろう。

『飛行士の妻』

格言:“人は必ず何かを考えてしまう” 
 年上の恋人アンヌの家を訪れたら、男と出てくるところを見てしまったフランソワ。恋敵の男を尾行していると、バスで出会った女の子リュシーも一緒になって探偵ごっこに。年上の恋人アンヌに起きたフランソワが知らないこと、フランソワが知っていて、アンヌは知らないこと―。ロメールは巧みに順を追って「それら全てを知っているのは観客。」という状態にしてくれる。それはサスペンスでよく使われる手法だと思うのだが、それを小粋な恋愛映画で使うのがロメール。そして、ハガキを手にしてリュシーの家に向かったフランソワが見た光景もロメールが周到に用意した“偶然”。もし、わからなかったら観なおそう!

『美しき結婚』

格言:“夢想にふけらない人がいようか 空想を描かない者があろうか”(ラ・フォンテーヌ)
 妻子持ちの画家シモンとつきあっているサビーヌは突然、二人の関係を終わりにして自分は結婚すると宣言。「誰と?」と尋ねるシモンに「分からないわ。これから見つけるの」というサビーヌ。結婚に執着し、自分は創造的だと言い張り、相手の表情を読むことをしない。まるでこの世界に生きていないかのようだ。夢ばかり見てしゃべりすぎてしまうサビーヌのことをロメールは残酷なまでに居心地の悪い女として描く。「非常に残念なことだし 説明できないが 君に惹かれない」というハンサムな弁護士エドモンの言葉の通り、ほとんどの観客は居心地の悪さを感じることだろう。そして、サビーヌと話しているときの母親やエドモンの表情や目線の生々しさを捉えるロメールの演出に脱帽する。

『海辺のポーリーヌ』

格言:“言葉多きものは災いの元”(クレチアン・ド・トロワ)
 ひと夏の恋物語は、“テラスハウス”より海辺の別荘で。ロメールは、巧みに揉めさせる。ちょっとした勘違いと咄嗟の言い訳。観客には前もって誤解の元となる光景を見せてくれた上で、おしゃべりが過ぎてこじれていく様を楽しませてくれる。そうそう、少年とポーリーヌが部屋でダンスをしようとレコードをめくるシーンで二人が手を止めた盤は、なんとフランク・ザッパとキャプテン・ビーフハートが共演した『Bongo Fury』(驚)。これで踊ったらスゴイです。ロメール好きでザッパ好きという奇特な人が世の中にどれだけいるのかわからないが、「おおお~い!」と声を出してしまったことだろう。レコードとしては大変な名盤ですので興味のある方は検索などしてみては。

『満月の夜』

格言:“二人の妻を持つ者は心をなくし― 二つの家を持つ者は分別をなくす”
 「私に欠けてるのは孤独の体験なの」「愛され過ぎるとうまく愛せない」と話すルイーズ。「孤独の苦しみを思い知りたい」とまで言う彼女が執着しているのは、パーティーに出かけて人と出会い、夜中まで踊ること。パートナーのレミにはそれが理解できない。生と自由を感じたいというルイーズの行動は、自分に対するレミの愛情が変わらないという前提があってのこと。そして、ついに自分が手に入れたいと語っていた孤独がやってくる。その時、彼女は―。

 この作品は、なんといってもパスカル・オジェだ。雲雀のような声と儚い佇まい。この作品が撮られた1984年、イタリア ベルガモフィルムミーティングでのジム・ジャームッシュとの2ショット写真は、関係性は定かでないがお似合いのカップルのように見える。ただ、本作の公開後まもなくパスカル・オジェはこの世を去ってしまう。ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』は彼女に捧げられている。

『緑の光線』

格言:“心という心の燃える時よ 来い” (ランボー)
 本作において、上の格言のように心が発火する瞬間は、待てど暮らせど見せてもらえない。「一人じゃ辛いの。」と言いながらもデルフィーヌは、友だちや周囲の人達の気配りや輪の中に入って楽しむことができない。素人と思われる街の人々へのバカンスに関するインタビューを映画の中に組み込みながら物語は進み、臆病で悲しくも頑固なデルフィーヌの空虚なバカンスは続いていく。そしてようやく“偶然”はもたらされる。そこで、一歩踏み出すかどうか―。手を伸ばせば届きそうで、それなのにいつもすり抜けていってしまうもの。それは些細な彼女の好奇心によってつかみとられる。“緑の光線”は、それを見たら幸せになれるという日没の瞬間の光。デルフィーヌが思わず上げる声で、心が発火したことが確信できるはず。

『友だちの恋人』

格言:“友だちの友だちは友だち”
 本作がこの「喜劇と格言劇シリーズ」6作の中で最もストレートなラブストーリーではないか。友だちの友だち、友だちの恋人、それぞれの間で揺れ動く心が丁寧に描かれる。湖畔の夏の日差し、木々のきらめきなど、まばゆいばかりの美しいロケーションとともに友情と恋の間で葛藤する様を描いているかと思いきや、お互い打ち明ける時の思い込みとすれ違いがまさに“コント”。コント(conte)とはフランス語では、短い物語や寸劇などを意味する言葉だが、そういう意味でも「すれ違いコント」なこのシーンで、一気に大団円に向けて物語は加速する。あざといくらいの“偶然”を放り込んでくるのに、「やれやれ」という感じにならないのがロメール風味なのか。ちなみに、ブランシュの友だち、レアを演じているソフィ・ルノワールは、あの印象派の画家、オーギュスト・ルノワールの曾孫だ。

『レネットとミラベル/四つの冒険』

 緑の美しい一本道を遠くから女の子が自転車でやってくる。肩にかけた真っ赤なカーディガンと、同じく真っ赤な靴下が緑の風景に鮮やかに映る。自転車がパンクしてしまったところに“偶然”、森の曲がり角を歩いてきた女の子がやってくる―。まるでおとぎ話のような“ガール・ミーツ・ガール”を描き出して映画は始まる。どこか妖精のような佇まいでナイーブなレネットに対して、ミラベルは都会的で現実的でタフ。田舎での出会い、朝の静寂の瞬間、カフェでのトラブル、善悪の議論など、まさに二人の女の子の小さな冒険ともいうべき、エピソードがオムニバス的に綴られる可愛らしさ溢れる作品。衣装も30年以上前とは思えないほど、今観ても洒落ている。それにしてもこれを撮ったとき、ロメール67歳ですよ。

『パリのランデブー』

 複雑なあやとりのように気持ちが交錯する話なのに、驚異的に短く自然な形でオチまで行く、ロメールの鮮やかな語り口に痺れる3つのストーリー。【第一話:7時のランデブー】は、恋人への募る気持ち、浮気のウワサ、友人の助言、市場でのナンパ…。それらがパリのカフェで“偶然”交差する。思わず「上手い!」と唸ってしまうほどの名人芸だ。うっとりするような散歩とじれったいやり取りから、“偶然”見かけた光景で心変わりする【第二話:パリのベンチ】。そして、【第三話:母と子1907年】、このタイトルは、ピカソの絵だ。パリに住む画家とハネムーンでパリを訪れた女性が“偶然”出会い、その絵をきっかけにして街角からアトリエに移り、繰り広げられるランデブー。どれも女性の好意、表情や仕草の変化を捉えるロメールのまなざしを味わえる秀逸なオムニバス。
観るたびに面白い、そしてまた観たくなるエリック・ロメール作品。是非、何度でもお楽しみください。
エリック・ロメール:喜劇と格言劇シリーズ+3はこちら>>


『飛行士の妻』©1981 LES FILMS DU LOSANGE. 『美しき結婚』©1982 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『海辺のポーリーヌ』©1983 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『満月の夜』©1984 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『緑の光線』©1985 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『友だちの恋人』©1986 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『レネットとミラベル』©1985 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R. 『パリのランデブー』©1995 LA C.E.R. 『木と市長と文化会館』©1993 LA C.E.R.

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